炭鉱は石炭の採掘地に作られるものであるが、石炭の分布、すなわち炭層は幾重にも重なっている。したがって採炭条件もそれにしたがい、採炭地である切羽の場所も深層化していく。そのため、採掘機具、人員、あるいは排水や通風のための道を開ける必要もあり、最低二本以上の主要坑道を掘っていく。この坑道には人員を載せる人車、採掘した石炭を乗せる炭車を走行させる。また、この掘り方によって立坑、斜坑、水平坑などと呼ばれるが、日本では斜坑が多く、継ぎ接ぎされて段重ねになっていた。1961年(昭和36年)での日本の炭鉱における平均切羽深度は地下250mである。ところが、日本より早く採炭が進んだイギリス、ドイツでは750mにも達していた。これは前述の長壁式採掘法の発展と関係しており、労働の集約、産炭の効率化を図った結果であり、ルール炭田では特に優れた合理化システムが確立していた。しかし、日本では後に斜坑での限界を感じ、立坑にシフトしている。これは日本の炭鉱が地層の年代が相対的に若く、そのため地形が褶曲し、採掘が困難であるほか、ガスや水が多く含まれているため、それによる品質の劣化、あるいは大規模な事故を幾度となく体験してきたためである。
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石炭は元々労働者の手作業で採掘していたものであり、多くの労働力を必要とした。また石炭は重量物であり陸運輸送だと費用が多く掛かる。そのためコストを削減するために石炭産地、すなわち炭鉱の近辺に原料炭の加工工場が設けられた(原料立地型)。そして、その炭田、あるいは工場で労働する人材を確保するために各企業は炭鉱住宅などを設け、そこに一つの集落を形成していくようになり、大がかりなものになるとそこに病院、学校、公園などを設けた一つの都市を形成するようになる。また、インフラの整備と並行して、労働者を相手にした飲食産業、映画館、風俗などの娯楽産業も発展し、賑わいを見せるようになった。北海道の空知地方に点在する岩見沢、美唄、夕張、三笠、赤平、芦別、歌志内などはその典型であり、市域に大小無数の集落が点在し、雇用企業と共に成り立っていた。